設立趣意書

地質汚染−医療地質−社会地質学会元会長
難波謙二(福島大学)

 20 世紀は自然科学の知見が人類史上飛躍的な進歩を遂げた世紀であり,これがもたらす技術によって,殊に我が国を含む先進国と呼ばれる国に於いては物質的には豊かな生活を享受するに至った。その反面, 20 世紀半ば以降頻発した公害・薬害などに見られるように,さまざまな問題を同時に生みだしてきた。この様な事態を通して,人類の活動が地球環境に影響を及ぼしており,その対策が必要と言う認識が近年の社会的合意事項となっている。環境問題は国際・地域を問わず,政治・経済・日常生活などのあらゆる人間活動との関連で重視されるようになり,環境重視の時代を迎えつつある。

 このような時代,自然科学は知的好奇心を基本的な動機とした営為であるという伝統は引き続き存在する一方,それがもたらす知見が社会にどの様に用いられるかという視点での自然科学像に変化が生じていると言うことができる。つまり自然科学に求められる社会的役割は,物質的豊かさや便利さの技術の根底を支えるものであると考えられてきたのが,現在は環境の健全さとそれによる快適さをもたらす役割が求められるようになったのである。

 その役割を担う基本的な姿勢として,持続可能な開発という概念がある。持続可能な開発では,資源や土地の利用あるいは廃棄物の処理といった現在の人類の営為が未来の世代に不利益を及ぼさないように配慮したものである事が求められる。この配慮には自然に関する知が不可欠である。特に,数世代後に影響があるような長時間のスケールで生起する環境条件の変化を予測することを始めとする自然の法則を解明することが当然必要になってくる。

 未来の予測は過去の歴史に学ぶことが鍵となる。大地に蓄積されている長時間にわたる過去の環境の履歴を読み解くことは地質科学の中心的課題である。ここで言う大地とは,陸水域や陸棚域や大洋域を含む。地質科学によって得られる大地の履歴や自然環境の背景にある因果関係の解明によって,人類が地球上に持続的に存在するために役立てることができる。つまり,市民生活,鉱工業生産,農林水産業などあらゆる活動が持続可能であるために基礎となる大地とのつきあい方を地質科学は示す可能性を持っているのである。人間社会の活動を支えているという視点で行われる大地の研究を社会地質学と呼び,本学会の中心的な課題と位置づける。

 地質汚染の分野では,地質学的なアプローチは,汚染機構解明に基づいた汚染の対策技術はもちろん,他の科学の領域では見落とされがちな汚染の存在の把握とその拡大の予見にも貢献してきた。汚染とそれによる人的被害の例に端的に現れるように,人間が大地の上で健康に生活するには大地が健全であることが必要である。これとは反対に人間は,食べ物を経由して大地に含まれる必須元素等の栄養を摂取しているという部分も見逃すことは出来ない。これらを含む環境と人の健康との関係を地質科学の視点で捉える医療地質学は地質科学が社会に直接的に貢献すべき重要な分野の一つである。

 地質汚染・医療地質・社会地質学会は,従来の地質科学関連分野にとどまらず大地を中心とした自然と人間との関わりを対象とする分野に関係した広い領域を扱うので,農林水産や公衆衛生・医療などの領域にもまたがる。そして,分野横断的であるばかりでなく,様々な立場の人,つまり研究機関・教育機関を始め,都市計画を含む政策立案に携わる立法・行政機関,調査・浄化を生業とする技術者,農林水産・地下資源開発・工業生産・土木建築の技術者,そして市民がそれぞれの立場で情報交換や議論を行うことができる場を提供する。現実の社会に起きている自然と人間との関係に由来する諸問題の自然科学的解決を進めていくための学問的な場を提供するため 地質汚染・医療地質・社会地質学会を設立する。

2005年1月14日

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